TYCO
1. 設立と成長の始まり Tyco のルーツは 1960 年に、米マサチューセッツ州ウォルサムで Arthur J. Rosenberg 氏が設立した研究所形態の企業にあります。最初は政府向け実験・研究を主としていたものの、 1962 年に法人化して商業製品・高技術材料分野へと焦点を移しました。 1964 年には株式上場(公開)を果たし、以降、 M&A (企業買収)を積極的に展開していきます。たとえば、 1964 ~ 68 年の間に “16 社以上 ” を買収。 1970 年代には火災防護(スプリンクラー等)・電子部品・包装事業などを取り込むことで、売上規模が上がっていきました。 1974 年にはニューヨーク証券取引所( NYSE )上場。 このように、 Tyco は「小規模研究会社 → 上場企業 → 多分野・多国籍コングロマリットへ」という典型的な成長パターンをたどりました。 2. 買収拡大とコングロマリット化の時代 1980 年代~ 1990 年代にかけて、 Tyco は極めて攻撃的な買収戦略を展開。たとえば 1990 年代に入ると、 1992 年時点で売上約 30 億ドル規模だったのが、 2001 年には売上 340 億ドル近くまで拡大しました。 この間、 Tyco は 1000 社以上とも言われる企業を買収したとされています。また、本社所在地(法人所在地)をタックスヘイブンとして知られる地域に変更したり、連結企業構成をグローバルに整備したりもしており、法務・税務上の最適化も併せて進めていました。 典型的な買収例としては、 1997 年にセキュリティシステム大手の ADT Limited を買収/合併し、同時に法人所在地をバミューダ( Bermuda )に移すなどの動きがありました。 事業内容も非常に多岐にわたり、火災防護・セキュリティシステム・電子部品・流体制御・医療/ヘルスケア製品など、多くの分野を抱えていました。 このような構図は、典型的な「コングロマリット(多角化企業)」のモデルであり、買収による成長・規模拡大を主戦略とする企業でした。 3. スキャンダルと経営危機 しかし、急拡大の裏には問題も潜んでいました。 2002 年頃、 Tyco の経営陣(当時の C...